2006年8月30日 (水)

菱木政晴「仏性と人権」ノート

人権、人間が生まれながらに備えている 人は生まれながらに平等
その考え方と仏性が非常によく似ている。
仏性が使われたのは4世紀~5世紀 人権を称えたホッブスは16世紀
宗務総長演説 人権批判。人権の思想を原点に遡り勉強されたことがないのではないか
人は生まれながらに平等とは? ホッブス
むき出しの人間なら、だれかがだれかを完全に従わせられるものではない。
平等であるはずなのに、実際にはそうなっていない。どうしたらそこに戻せるのか、どうすれば平等の社会が実現するはずだというのが人権思想 安楽集の問いとそっくり
今は世も末で、実現できないからひとまず浄土しかないというのが安楽集。
法然は聖道は捨てるべきだとする 浄土門の方法、行に強い自信を持っていた 力強い→流罪 法難

なぜ殺戮と差別がはびこるのか なぜ平等にならないのかという問いに対して、法然、親鸞の方法が有効。細部では人権思想の方が進んでいる。

証巻
必至滅度 他人を助ける 社会的働き 即時に
「ただ念仏」とは、それはいいですね。わたしもそれで賛成ですでOK
それだけで他人を救い、大乗菩薩とおなじ 即時。
言うのは決断であり、他人に聞こえる。広める働きをしている。それが大乗。

選択集
普通は聖道が立派、浄土は簡単。難が勝だと思っているからダメ。難を捨てろ。法然は明晰。論理的。ホッブスと同じように激しい。

キリスト教は、イエスを私たちを救う神の息子と信じる人の宗教。イエスはキリストだと信じる宗教。イエスが救い主。

仏陀、目覚めた人。苦悩の解決法に目覚めた人。シッタルダが目覚めた人だと信じる宗教。

キリスト教は自分もイエスになろうとしない。救われるで終わる。仏教はその方法を使って、自分も悟ろうとする。利他円満、無上涅槃。救われて救うものになる。阿弥陀様に救われることが、他の人を救うことにもなる。浄土教はそこが見えにくい。

まぎれもなく浄土教は仏教である。ヒューマニズムと同じものを望んでいる。

釈迦が目覚めたことを信じるだけ、救ってもらうだけが仏教ではない。方法によって仏になろう、目覚める。死ぬことではない。浄土へ行ってから救うのではない。利他円満。

すべての人間には仏性がある。自由と平等を実現する能力と責任がある。
人権と仏性は似ている。

浄土往生すれば、衆生は救えるのか。選択集。念仏が四弘誓願と同じ意味?
選択集 本願章。どの仏も思っている総論と阿弥陀の別願がある。

念仏は四弘誓願。選択集は分かるような理由を示していない。証巻は答えている。

正当防衛と緊急避難は仏教では殺生? その前にそうならない方法を!

平然と死ぬ覚悟? それは殺す覚悟と同じ。

どんなひとも殺されるのはイヤだから殺さないようにしよう。
自分だけは殺さない(聖道)という馬鹿なことををやめて、殺させないようにしよう。徴兵を防ぐ。

法然がきわだって聖道と押さえたのが造像起塔(カルト)と菩提心(熱心に仏教の悟りを求める心)

三輩章 念仏と菩提心について

熱心に仏教を求める人は人間が到達できないものを、到達できないとうすうす感じながら、なんとかそれになりたいと努力している。悪趣味。
がんばらんとダメだと考え、必死に思っているときは、本人が気がつくことがあるかもしれない。
問題は、できないことを分かっているのに、そうでないと仏教者ではないと脅しをかける人。
その人が仏道の成就者ではないのに、心の中で思っているだけではなく、それを他人に言う。魔道。
難しいことにしている。あの人はできた。法然親鸞はできた。なぜお前はできない。それは危ない。菩提心は人を殺す。ホッブスが他人を圧倒することがどうしてできるかを論じ、他人を強いる、支配する仕組みを見つけ出したのと同じ。。

絶対殺さないという信念で反戦運動しろ???

三心 熱心に至誠心 そんなものはないとわかっていながら他の人にやれと命令する。人間の知恵を超えている。つまり、どんな反抗もしてはならないと押さえ込む手だて。上官の命令は仏の命令である。二河白道において白い道を歩む人に、「それはただの人権思想だ」と呼び返す。群賊悪獣。聖道門。魔。

以上、文責、流星

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2006年8月18日 (金)

「しるし」について、以下のように考えました

先に「信前信後」と書きましたが、この問題を信心を得ることによってなにが変わるのかといった視点で捉えるのは、大きな間違いだと考えました。

聖人から悪人正因の教えを受けて一部の人々に起こった出来事は、我こそ、我だけが弥陀の救いにあずかるものであるという「自信」であったのでしょう。

そう受け止めることも無理からぬ事ではあったといえ、自分以外の念仏者を貶めていく人々が教団の混乱を招いていることを危惧されたのが「しるし」のご消息なのではないか。

「もとあしかりしわがこころをもおもいかえして、ともの同朋にもねんごろのこころのおわしましあわばこそ、世をいとうしるしにしてもそうらわめとこそ、おぼえそうらえ。」

経験や聞法を自負して他者を見下すのではなく、出発点を忘れずに身近な友と共に歩みつづけようとすることこそ、念仏者の「しるし」なのだと諭しておられるのだと考え、お話してきました。

しかし暑かった。お葬式のあと、白衣・間衣でお話したら汗でずぶ濡れ。

ぼーっとして「本願力にあいぬれば」の和讃が出てこず、「あれ、あの和讃」と言うのが申しわけのないことでした。

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2006年8月17日 (木)

念仏者のしるし

明日は組同朋会 テキストは「宗祖親鸞聖人」

先月の善鸞事件につづいて「念仏者のしるし」というお題です。

「造悪無碍」に対して、ご消息のなかで出てきた言葉がクローズアップされるわけですが、

念仏者にしるし、これが念仏者だというものがあるとすれば、こうでなければ念仏者とは言えない、資格とか実践という話に陥りそうで。

信前信後、真宗の教えに帰依しようとするものに起こる出来事として、なにが話せるだろうか。

頭を悩ませております。

できますれば、ヒントがほしいです。

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2006年8月 7日 (月)

暁天講座 骨子

1、自己紹介 祖母の話 戦争について

2、親鸞の生涯

念仏の救いとは、悩みがなくなることではない

さまざまな出会いを経て、悩みながら生きていくこと

○比叡山を降りる 赤山明神

○法難

○悪人との出会い 悪人正因

○善鸞事件 親と子

3、「しんさんさまはなつかしい」

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2006年7月23日 (日)

母の戦争体験

昨日の母の原稿を、もう一つのブログに載せました。

学校からは学童疎開について話をしてほしいというものでした。

ぜひ、読んでやってください。

http://d.hatena.ne.jp/ryuuusei1/20060723/p1

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2006年7月18日 (火)

修験道に興味をもつ

Book 神々の明治維新―神仏分離と廃仏毀釈

著者:安丸 良夫
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

を読んで、修験道が廃仏毀釈でかなりの弾圧を受けたことを知った。そういえば山岳仏教とも言えるんだよな、修験道って。

今日の同朋の会で、「善鸞は最後、どうなったんですか? 親鸞と仲直りしたんですか?」という質問が出た。

でもまぁ、善鸞など親鸞の子孫の大部分は山伏の世界にいっちゃってるよね。

それで、ふと、ひさしぶりに↓などをめくってみた。

越後から関東へ向かうころ、親鸞は善光寺不断念仏で生活をしていたし、その影響とかで善鸞は「修験道的専修念仏」の行者であったというのが五来先生の説。

もしかして、修験道と真宗って、裏表みたいな、意外な関連があるんじゃなかろうか??

修験道について、いろいろ、ウミヤマブシさんに教えていただきたいなぁ。一種の山伏なんだろうから(?)

善光寺まいり
Book
善光寺まいり
著者 五来 重
販売元 平凡社
定価(税込)

¥ 2,650

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2006年7月17日 (月)

親鸞と善鸞

組同朋会が明日に迫りました。

課題を整理するためにノートをつくりました。

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親鸞の生涯

29歳 六角堂参篭 法然の吉水教団へ。

30歳前後に善鸞誕生。善鸞は京都で成長。

35歳 越後に配流。

40歳すぎて関東へ。

60歳過ぎに帰京。善鸞と再会。

63歳、親鸞の孫、善鸞の長男、如信が誕生。

80歳前後に善鸞を関東におくる。

84歳、善鸞を義絶?

90歳死去

○「わがききたる法文こそまことにてはあれ、ひごろの念仏は皆いたづら事なり。」
 親子であり、身近に生活していたからこそ、親鸞から「ほんとうの念仏」を手に入れていると、善鸞は説いた。

○善鸞が親鸞門弟および親鸞を幕府に訴えたという話については、異説あり。

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2006年7月15日 (土)

趣旨文草稿2

あいかわらず、薄い頭を抱えて悩んでおります。

ウミヤマブシさんとあおさんのアドバイスも取り入れました。

みすてないでください。

どんどんご意見いただけると、とてもウレシイです。

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富山教区・富山別院 蓮如上人五百回御遠忌法要 並びに宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌お待ち受け法要

法要テーマ

差異(ちがい) つながり・・・そして いのち ~孤独の闇から響きあう世界へ~

 1998年、蓮如上人本山五百回御遠忌を、私たちは「バラバラでいっしょ-差異(ちがい)をみとめる世界の発見-」のテーマのもとに勤修しました。異なるものを異なるものとして尊重していく教えを、親鸞聖人の「ともの同朋」、蓮如上人の「とも同行」という言葉を通して学びました。

 しかし、2001911日のアメリカへのテロとそれからの国際情勢は、その学びを吹き飛ばしてしまいました。異なる国、異なる民族、異なる宗教のあいだに繰り広げられた悲惨な戦争は、差異(ちがい)を認めあおうともしない社会の現実をあらわにしました。

家庭、職場、地域など、身近な人間関係においても、わたしたちは異なる性、異なる世代などのあいだに、次々と新たな心の壁を作り続けています。経済偏重の拝金主義と私生活重視のライフスタイルは、相手の立場を理解する意識と社会参画への意欲を、ますます希薄なものにしていきます。

異なるものがつながろうとするから、争いがおこり、傷つけあうのかもしれません。人は、元来、他者とは分かり合えないのかもしれません。でも、争うこと、傷つけあうことは悲しくはありませんか? 分かり合えないのはつらくはありませんか?

異なることを歎(なげ)く心を見つめることが、差異(ちがい)を認める世界を発見するための原点になります。孤独の闇から立ち上がり、響きあう世界を見つけましょう。あらゆる人々が共にいのちを輝かせる「御同朋御同行」の世界を願い、話し合いましょう。

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2006年7月13日 (木)

善鸞事件

18日の組同朋の会、テキスト「宗祖親鸞聖人」の「善鸞義絶」になります。

準備ということで↓の該当部分を読みました。

親鸞と浄土真宗 Book 親鸞と浄土真宗

著者:今井 雅晴
販売元:吉川弘文館
Amazon.co.jpで詳細を確認する

親鸞が京都へ行っているあいだに門弟たちの方は善光寺信仰などに土着化していたのであって、出向いた善鸞は親鸞に近かったというのが今井さんの説です。従来の考え方とは真逆。

このあたりはなんとも言えませんね。

が、「父からホンマモンの念仏を教えられた」という言い方を善鸞がしていたことが、問題なのだと考えています。

歎異抄第二章「法然上人にすかされまいらせて」や第六章「弟子一人ももたず」などを手がかりに、「たまわりたる信心」と、同朋精神を掘り下げたいと思っています。

ここのところがカナメです。善鸞を悪者にすれば話しやすいのですが、そうせずに話せるだろうか。

当日まで、けっこう、苦しみそうです。

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2006年7月 4日 (火)

趣旨文草稿・子ども会はがき

子ども会のはがきと、六日の会議に提出する法要趣旨文草稿っすVtp0001_3

富山教区・富山別院 蓮如上人五百回御遠忌法要 並びに

宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌お待ち受け法要

御遠忌法要テーマ

差異(ちがい) つながり・・・そして いのち ~孤独の闇から響きあう世界へ~

 1998年、蓮如上人の本山五百回御遠忌を、私たちは「バラバラでいっしょ-差異(ちがい)をみとめる世界の発見-」というテーマのもとに勤修しました。異なるものを異なるものとして尊重し、大切にしていく教えを、親鸞聖人の「ともの同朋」、蓮如上人の「とも同行」という言葉を通して学びました。

 しかし、2001911日のアメリカへのテロとそれからの国際情勢は、その学びを吹き飛ばしてしまいました。異なる国、異なる民族、異なる宗教のあいだに繰り広げられた悲惨な戦争は、差異(ちがい)を認あうことは人間にできるのだろうかという出発点に、私たちをもどしてしまいました。

家庭、職場、地域など、身近な人間関係においても、わたしたちはあいかわらず異なる性、異なる世代などのあいだに、次々とあらたな心の壁を作り出し続けています。そして、マスコミが報道する事件に怯え、自分を硬い殻で守ろうとすることに明け暮れています。

いま、もう一度、問い直したいのです。どうしたら、バラバラでいっしょになれるのでしょう? どうしたら、差異(ちがい)を認める世界を発見できるのでしょう?

 2008年にお迎えする富山教区・富山別院法要テーマを、私たちは「差異」「つながり」「いのち」の3つのキーワードを並べることによって作成しました。それぞれの意見を出しあいましょう。孤独の闇から響きあう世界へと、あらゆる人々のいのちを輝かせる道を探し求め、話し合いましょう。

6日提出なんです。ご意見、おねがいします。参考にさせていただきます。

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