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2006年3月31日 (金)

富山市街の未来

午後から時間ができたので富山市街へ

まず、越前町「ふぉるくろーれ」。訪れるのは昨年のふるさとネットワークのシンポジウム打ち合わせ以来。ここで扱っていたフィリピンのハンセン病療養所の方が作ったかわいい人形を当日、販売していただいた。
ネットで調べてみると、市内でフェアトレード商品を扱っているのはここだけ。ミネさんとこで手に入れたチョコもここで売ってた。とりあえず、絵葉書とカタログを購入。これから贔屓にしよう。

続いて中央通「富山松竹」。ここに来たのは何年ぶりなんだろう。かなり老朽化しているが、そこがまた渋いかもしれないw 「ある子供」のレビューはここに。実に素晴らしい映画だった。ここも、またこよう。

帰り道、富山西武の前を通りかかったら、ちょうど今日が閉店の日だった。なんとなく寄ってみたかったが、時間がなくて通り過ぎた。ここにも、いろんな思い出があるなぁ。さようなら、富山西武。

巨大な郊外店の進出によって、市街地には客足が遠のいてしまい、再開発が始まっている。でも、様々な個性のある店が点在して、雑多で、のんびりしてるのが、私は好きだ。願わくば、郊外大規模店とは違った今の雰囲気が続いてくれればうれしいんだけどな。

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2006年3月30日 (木)

得度研修会

教務所への道すがら、道路が雪で白く染まったのにも驚いたが、
受講者の中に、昨日、驚かしてくれた篠川(嫁)がいらして、また、驚かしてくれた。

「千と千尋の神隠し」を枕にして、名をうばわれること、取り返すこと、名前とはそれぞれが生きている世界そのものであるということ。得度とは法名をいただくということ。釈尊の家に生まれ、弟子となる。仏法の世界で生きる。二つの名前を持つってどういうこと? これまで生きてきた世界をないがしろにするのではない。「仏法をあるじとし、世間を客人とせよ」で締め。

ある意味、自分としては王道な話しの流れだったなー(意味不明) さむ

 

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2006年3月29日 (水)

富山に乗り遅れる?

午前、富山市街と大沢野で月参り

そのまま、昼はデリーでカレー ラーメンよりこっちの方がダイエットになると思う 腹持ちもいい

午後、フェアトレードの店、越前町「ふぉるくろーれ」を訪ねてみるが、定休日

がっくりしてコンビニの前を通りかかったら、見たかった「カーテンコール」「亀も空を飛ぶ」の広告が張ってあるのでびっくり。すでに上映期間が終わっているので、またガックリ。いつのまにか富山松竹が名画座みたいになっていたんだな。知らんかった。

「真宗子ども講座」スタッフ事前研修会 わたしはスタッフじゃないけど脇淵さんの「青少幼年教化について −子どもたちの現代の課題ー」という講題にひかれて公開講座を聴講 このごろの子どもたちを理解するための基本的な理念 発達障害という具体的問題についても学ぶことができた

ひさしぶりに篠川君に会う。あおさんの掲示板に結婚したとあったので、おめでとうとか言っていたんだが、どうも話しが合わない。よくよく話していたら、そこに並んでいた、以前から知っているTさんと結婚したということだった! これには驚いた! ふたりが結ばれたといこうことに、なかなか頭が着いていかなかった。とにかく、これは目出度いことだ

世も人も、どんどん移り変わっていく。
なんだか、もう、付いていくのにやっとなような気がする。まだ40代なのに。。。

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2006年3月28日 (火)

今日の出来事

昨日から24時間働けますかペースです。

午前はお講。午後は法要。夜は「ハンセン病ふるさとネットワーク富山」の会議。

とうとう副代表を受けることになってしまいました。どうしてくれましょう

打ち合わせを行いましたが、来る5月の市民学会総会は、市民学会事務局と弁護団がかなり関わってくださるようで、こちらの仕事は例年のシンポジウムより軽い感じまでします。まぁ、本番までいろいろあることでしょう。

それにしても、ふるさとネットワークの活動に出ると元気が出るのはなんでだろう??

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2006年3月27日 (月)

よっぱらいがやってきた

同朋の会。 光明無量、寿命無量の説明をしてたら どこかの会合でかなりアルコールがまわってしまった方が、遅刻して乱入!

まー 酔ってる人にアミターバ、アミターユスいっても通じないわけで、かなりあたふたしました。まぁ、そんな状態になっても来てくださるのはありがたいんですが。フェアトレードのチョコ、ばくばく食べてました。

ある意味、けっこう盛り上がりましたが、来月、「法蔵菩薩」をどう説明したらいいんだろうか、今から頭が痛いですよ

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同朋の会

100537d7.JPG再開します

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2006年3月26日 (日)

明日のレジメ

帰命無量寿如来 南無不可思議光

 

    帰命 「namas 南無」の訳

3つの意味があるといわれています

 

帰投

自分以上のものに自己の全体を投げ出して、すがりまかせる 身命を仏に投げ出す。

還帰 生命の根本に帰る

帰順 仏の教えに信順する

 

    無量寿「Amitayus 阿弥陀」の訳

はかりなきいのち 寿命無量ともいう 慈悲をあらわす

 

    如来

「如」という仏の世界から私たちのために来たぞ、という意味

 

    不可思議光「Amitabha 阿弥陀」の訳

はかることのできない光 光明無量ともいう 智慧をあらわず

 

 

    「サンスクリットの原典、例えば無量寿経とか阿弥陀経などでは、阿弥陀さまの呼び名は光明無量か、寿命無量のいずれかでよばれています。『阿弥陀』というのは『無量の』という語を音であらわしたもので、阿弥陀如来の光明と寿命が省略され、無量の仏ということばで音写されたものです。」(早島鏡正「正信偈をよむ」)

    ですから、正信偈の最初の二句は、「南無阿弥陀仏」と書いているのと同じことになります。

    なぜ、親鸞聖人は正信偈の最初にこの言葉を置かれたのか、なぜ「南無阿弥陀仏」ではなくて「帰命無量寿如来 南無不可思議光」と書かれたのか、問題提起します。

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2006年3月25日 (土)

Little Birds DVD発売

『リトルバーズ〜イラク戦火の家族たち』がDVDになりました。
綿井監督からのメールを転載します。
これを見ずして、イラク派兵を語るな!!


皆様

これまで取材・番組製作・シンポジウム・講演など、
また映画「Little Birds」の上映を通じてお会いした方、
お世話になった方にお送りしています。
大変お世話になった皆様に、あらためて心から感謝申し上げます。

イラク戦争開戦から3年を前に、再びバグダッドで取材中です。
http://blog.so-net.ne.jp/watai/

3年前、米英軍の空爆にさらされたこの街はいま、
幻の『戦後』と占領を経て、今度は形を変えた抗争が始まり、
「闇の中の内戦」ともいえる対立に市民たちはさらされています。
「イラク戦争」は終わる気配すらありません。

さて、昨年全国各地の劇場で上映されましたドキュメンタリー映画
「Little Birds イラク戦火の家族たち」
http://www.littlebirds.net/が、
3月24日(金)にDVDで発売(販売元・マクザム)されました。

2枚組みDVDの「特典映像」には、
映画・テレビ未公開映像も収録いたしました。
以下全部で7項目・56分の映像です。

1 ハディールのその後

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無量寿

サーシャ・コーエンの右肩が落ちたコスチュームってどうなんでしょうか。何かが憑依したみたいな、鬼気迫るスゴイ演技でした。

さて、玉永寺同朋会で正信偈を学ぶことになったのですが、今回はテキストなしということです。
レジメを自作して臨むということで、しんどいですが、けっこう楽しみでもあります。

なんで正信偈の最初が「帰命無量寿如来」なのかを考えています。浄土論や真仏土巻とかみれば「光」が冒頭にきそうなものが、なんで親鸞は「無量寿」をもってきたのかなと。そもそも、「光」を組み込んだ名号は前例があるのですが、「帰命無量寿如来」という言葉自体の出典が、なかなか見つかりません。
しかし、「無量寿経」とか「無量寿如来会」とか、馴染み深いところで「無量寿」という言葉は使われています。そして、どんな時代にもそこにいてくれる仏というのは、とても大事な要素ではないかと思い始めました。つまり、このごろの私のワンパターンなのですが、末法・仏滅という時代に確実にそこにいてくれるはずの仏ということを、親鸞が重視したんじゃないかなと。

まぁ、このごろはそればっかりなんだけど、そのあたりから攻めてみっか。
とっかかりが見つかったので、とりあえず安心してるオレだったりしましす

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「もう、うつむかない」

証言・ハンセン病 もう、うつむかない

mixiで知り合って、交流集会でお会いした村上さんの書かれた本を読んでいます。

私は速読のほうだと思うのですが、なかなか前に進みません。とても、重く、しんどい本です。やっと半分を越えて、田中民市さんの章を読み終えたところです。
お一人、お一人の苦難を読むたびに、こちらもいっぱいいっぱいになって進めなくなります。

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2006年3月24日 (金)

原発運転、初の差し止め判決

朝日町での法話を終えて帰ってきました。自分のことを話した直後は、高揚感があるのですが、帰ってからどっと疲れがきます。

尊敬する先輩がいます。お酒の席で彼に「すばらしいお話でした」と感想を述べた時、「実は、ボク、嫁さんに逃げられたんだ。そのことだけは、どうしてもみんなの前で話せないんだ。」と言われたことを思い出します。自分のことを話す法話。なにか、身を削っているような気がします。やはり、座談会がいいな。オレは。こんどは27日夜の同朋会の内容を考えなくてはならないのですが、話すものと聞くものという区別のない会にしていきたいと思います。

八重山商工、甲子園初勝利のニュースが踊っていますが、負けたのは富山の高岡商業です。

志賀原発に「地震で被曝恐れ」の判決が出ました。ひとたび事故が起これば、この豊かな富山湾にも取り返しのつかない被害が及びます。

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2006年3月23日 (木)

法話

明日、友人のお寺へお話に行きます。

難しくない話をということだけで、私の一番、苦手なパターンです。いろいろ事情があって、引き受けちまったものはいまさらしょうがないんですが。

やっぱり、こういうときは自分のことを話すのが、一番いいみたいなんで、犬の死、息子のこと、父の病気のこと、ハンセン病問題(名をうばわれること)という展開で、明るく語ってこようと、覚悟しています。

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2006年3月20日 (月)

子ども会打ち合わせ

2年前、地域の6人の子どもたちがごっそりと卒業して、各学年2、3人になってしまったときには、もうこれで玉永寺子ども会も終わりにするかなと、悩んだこともあるんですが。

今年、なんと6人の新入生があるというのでびっくりしました。少子化のこの時代に、奇蹟みたいな出来事だ。

4月から、また第2土曜日に子ども会が始まります。増えるのはうれしいんですが、1年生6人とは、こちらの体力がもつだろうか。。。

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2006年3月19日 (日)

WBC

アメリカエゴ丸出しのおかしなルールのおかげで、ここまでの、日本チームの数奇な運命を楽しむことができました。
日本と韓国は三回も戦うことになったわけですが、振り返りますと、これなんかは、なかなか冷静な分析なんじゃないでしょうか。
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/03/19/20060319000046.html
イチローも韓国の強さを称えるくらいの余裕が欲しいもんですね。

再開する同朋会の案内状を印刷しつつ、スコッチでフェアトレードビターチョコを味わって寝ます

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2006年3月18日 (土)

デリーでカレー

9bcb6019.JPG研修会があるもので朝からため息ばかりついていたら、家族からかなりウザがられました。行ってみれば後半は総会ということで、持ち時間が半分。ということで、フェアトレードの説明と「愚者になりて」のみで、座談会なしで終わってしまいました。それでも、感触はよかったかな。

帰ってから、家族へのお詫びもかねて(?)、mixiのコミュで調べたデリーというお店に行ってきました。とても美味しかったです。みんな大好評のうちにカレーは食べちゃっいまして、 怪しいテーブルクロスとココナッツアイスの写真です。
ラーメン以外にランチのバリエーションも増えました。
http://www.boxnet.ne.jp/curry/indo/indo09.htm

そして今夜は「女王の教室」のエピソード2です。
1がかなり凄かったので、今夜はTVの前に、釘付けですな。

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2006年3月17日 (金)

明日の準備

 「大悲に生きる」の章は関東へ行ってからの話なので、親鸞がそこでどんな話を人々に説いたか、布教をしたのかという内容が書いてあるのだという頭があったのだが、この「宗祖親鸞聖人」というテキストは違うな。関東に行っても、宗祖の求道は終わっていないということだ。

 「愚者になりて」というのは関東に行っても、親鸞は知識人であろうとすることからなかなか逃れられなかったという問題を出している。「正定聚に住す」というのは佐貫での浄土三部経千部読誦を取り上げているが、これはまた、三願転入という視点から見ると、私には受け止めやすくなる。つまり念仏(この場合は経文)を道具(徳本)として使おうとする考えが、関東に行っても、そしてその後も、なんどもなんども、親鸞を無意識から揺り動かしていたということだ。エロさんの掲示板にあったが、「それほど自我とは、したたかなものです」ということだなw

 という感じで、明日、お話しするわけだが、フェアトレードのチョコレートと、うまくコラボレートするだろうか??

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2006年3月16日 (木)

未知の領域

18日に組同朋会でテキスト「宗祖親鸞聖人」の関東編、「大悲に生きる」についてお話します。「法難」「民衆に帰る」あたりまでなら修練でやってきましたが、これからは、いよいよ未知の領域に踏み込みます。

宮城先生の参考書にすがりながら、いつものことながらプレッシャーに押しつぶされそう。おかきヤケ食い。

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2006年3月15日 (水)

第6回真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会 大会宣言

大会宣言を酒井さんから手に入れたので、OCRして貼っておきます。どうも、日本語としておかしく感じるところもありますネ。



6回真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会 大会宣言

 本年、「らい予防法」の廃止・真宗大谷派謝罪声明から10年、ハンセン病国賠訴訟勝訴判決から5年という節目の年を迎えました。私たちはいま、これまでの歩みをふりかえり、さらなる-歩を踏み出していくため、「第6回真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会」参加者一同で「ひとりからはじめる京都宣言」を採択し、行動指針を確認したいと思います。


ひとりからはじめる京都宣言

【私たちヘの問いかけ】

 ハンセン病問題はけっして終ってはいません。この5年間を振り返ってみてもハンセン病回復者に悲しい思いをさせてしまった宿泊拒否事件や、隔離と植民地支配という二重の被害を与えてきた韓国ソロク卜・台湾楽生院をめぐる問題、ハンセン病療養所での医療過誤を問う訴訟などがありました。また、ハンセン病療養所に存在している「胎児標本」にどう向きあっていくかが、あらたな問題として提起されています。いまなおふるさとヘ帰ることができない人がいます。ハンセン病だったという過去を語れずにいる人がいます。これらはすべてハンセン病問題が終っていないことのあかしです。
 これはいったい誰の罪なのでしようか。けっして一部の人の罪なのではありません。そこには以前と何も変わらない、変わろうとしない国や私たちのありさまが、大きく横たわっているのではないでしょうか。

【ひとりと出会う】

 私たちは、ハンセン病を患った人たちに対して、「かわいそうな人」「救ってあげなければならない人」などとレッテルを貼って、人をひとくくりにして出会おうとしてきたのではないでしようか。差異をもったひとりの人とていねいに出会っていくことの大切さを見失ってきたのではないでしょうか。

 ひとりと出会うとは、その人をその人たらしめているいのちのはたらきに出会うことに他なりません。それは同時に、壁をつくる私自身のあり方を照らし出すはたらきに出会うということです。その出会いは、私たちの問題意識をさらに課題ヘと深め、ともに生きるという具体的な歩みをうながしつづける出会いとなることでしょう。      

【この集会で学んだこと】

今回の交流集会を振り返つてみたいと思います。台湾からの参加を得たことば実に大きな意義のあることでした。台湾・韓国などの日本の支配下にあった地域における人権侵害も、近代日本の過酷なハンセン病政策がもたらしたものであることを確認しました。その方たちが強く訴えられたことは、多大な被害に対する真相を究明することと、国を超えた共生と連帯の要請でありました。
 ハンセン病問題のいまとこれからについて。そのことを考えるとき、回復者の声と真摯に向き合うことを見失ってはならないことをあらためて実感しました。
 さらには宗教者の責任の問題です。入所者を救済の客体ととらえていくようなあり方は、私たちのあり方そのものを問うてくる課題でありました。
 人間回復に向けたたたかいについて。これは人と人との呼応関係の上にこそ成り立つということ、あやまちを犯しつづける人の世を問いつづけるということの大切さを教えられました。
 そして、記念講演での徳田先生のお話は、解放の主体として互いを見出していくつながりの回復が、今後の大きな課題であることを示唆してくれました。

【ともに生きる】
 ともに生きるとは、人間を照らす光に目覚め、それをさえぎる存在を問いつくすことを意味します。さえぎる存在とは、ひとりを大切にしない国家の体制や既存の組織、そして実は私自身であるのかもしれません。それらの存在を問いつづける声を聞くことの中に、ともに生きる世界は開かれてくるのではないでしようか。ハンセン病回復者という「ひとり」とともに生きることを、いまこそ確かなものとしていきたいのです。
 隔離された人間と隔離した人間、その両者が、ともに解放されなくては本当の解放とはいえません。ハンセン病回復者と私たち、いま、ともなる歩みを「ひとり」から始めていくことをここに宣言し、行動指針を確認いたします。

行動指針

1、発見     ひとりの人を、同朋として見いだす

相手を「特別な存在」「救済の客体」として見てきた事実を洗い出し、ひとりの人を「とも同朋」「解放の主体」として見いだしていきたい。

2、表現     いまの私を語る場を、開きつづける

八ンセン病回復者と私たちが、ともに自らの歩みを振り返り、いまの自分を自分の言葉で表現する場を、開きつづけていきたい。

3、解放     親鸞の解放の精神に学ぶ

差別の現実をよく見極めながら、親鸞の言葉や生きざまに立ち返り、その解放の精神に、自らの生き方を学んでいきたい。

4、連帯     社会に発信し、行動をともにこする

人間を踏みにじる思想や言動に目をこらし、そのことの罪の重さを社会に発信し、差別を許さない行動をともにしていきたい。

200639

6回真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会 参加者一同

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酒井さん来富

 交流集会でいっしょにがんばった、東京の酒井義一さんを迎えての、ハンセン病問題に学ぶ、公開講座が昨日ありました。テーマは[「宗祖に帰れ」という うながし]。ポイントをまとめておきます。

1、人を恥と見ていくことの罪深さ、国の恥→隔離
2、名を奪うことの罪深さ、園名
3、生まれてきてはいけないとされた命、胎児標本問題
4、「かわいそうな人」という見方の狭さ、親鸞の「われら」
5、善意の差別者 出会いの欠如 菩薩の死
6、自己の闇を見つめることの闇 法の深信を欠いた二種深信 親鸞の名をかたりながらその精神に背く

 それこそ20年前からに会ってるんですが、改めて話を聞いて、学ぶことがたくさんありました。

 ハンセン病問題に関わる場面場面で、親鸞の書かれた言葉がいつも響いてきます。ああ、こういうことをおっしゃっていたんだな、という感じで。
 正直、仏教や真宗の本や研修会の大半は面白くありません。虚構に虚構を重ねるだけのものが多すぎるからです。知識を増やして、自分は立派なものになったという雰囲気が嫌いです。うさんくさい。偽者の感じがします。ハンセン病問題こそ、本当の意味で、自分を問うてくれている感じがします。

 本山の育成員研修会より多磨全生園にいきたくて、交渉しています。研修会も生き物ですから、どういう出会いや雰囲気になるかは分かりません。しかし、教団の主流派知識人たちと私とは、考え方がまったく違っていると実感しています。

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2006年3月14日 (火)

成立せず

昨夜は野々市のらくりんさんとこに 十住毘婆沙論の学習会にいったのだが、参加者がなく、成立せず、 らくりんさんとコーヒー飲んで ミネさんからチョコ買って帰ってきた。

野々市は工大があるからか、マンガ喫茶がたくさんある。
マンガ喫茶にはまだ入ったことがない。
一度入ってみたいな。

ライブドア株、上場廃止か。ここのブログ、続けられるのかな。

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2006年3月13日 (月)

フェアトレードチョコレート

ミネさんところでフェアトレードのチョコを買うことにして、
日ごろお世話になってる人に配ろうと思いついた。

毎月定例の組同朋会と若坊守会と玉永寺同朋会で60個ぐらいかなと注文。
http://8055.teacup.com/ymine/bbs

でも、4月から子ども会も再開するし、月参りに行ってるお宅にも配ったらいいなと思い始めたら、さらにかなりの数、買ってもいいかなと。

こうして考えると、毎月、すごい数の人と会ってるんだなと実感した。

オレの話をこれだけ聞いてくれる人たちがいるなんて、けっこういろんなことができそうな環境なんだと、あらためて思った。

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2006年3月 9日 (木)

帰ってきました

交流集会、最終日を残して帰ってきました。宣言がどうなるのか気がかりではありますが、とりあえず、担当していた役割が終わり、ホッとしています。

内容は、また、まとめようと思います。
ネット上での人格者たちとリアルで対面したのが、面白かった。

初対面らんさんとじっくりお話できました。
帰って父に聞いてみると、どうも、幼い頃に対面していた可能性もあるらしい。。。

諦清さんと再会。やせたことを、思いっきり自慢してきました。

あおさんからnappaさんのリアル名をお聞きしました。
その昔、研修会でお会いしていた方だった。。。

kekoさんと、シズオさんのご尊顔を拝謁。
お話できなかったのは残念でした。

ミクシィでは海坊主さんと対面。今後ともヨロシクです。

オーチャンさんとおつれあいに初対面。富山での市民学会総会との並行イベントで写真展を計画しているのですが、その写真家がおつれあいだと知ってビックリ。富山での再会を約束。

藤田さんや回復者の方々とも交流をたのしんできました。交流会の盛り上がりはすごかったなぁ。

実に豊かなご縁があったことでした。ああ、多磨に行きたい。

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2006年3月 8日 (水)

第6回真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会

 以下、ハンセン病市民学会 宗教部会MLのほとんどコピーですが、三月に開かれる真宗大谷派のハンセン病問題全国交流集会をご案内させていただきます。
 前回は、百人近い回復者の方のご参加がありました。ことしも、台湾からの参加をはじめ、多くの回復者の方がご参加くださる予定です。締め切りは終わっているのですが、二日目の大谷大学における全体会は公開で行い、無料でご参加いただけます。 私もスタッフとして参加いたします。ぜひ、おいでください。


 第6回真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会開催要項


「らい予防法」の廃止・真宗大谷派謝罪声明の表明から10年、そしてハンセン病国賠訴訟勝訴判決から5年の時が経ちます。この節目の時にあたり、これまでの歩みをふりかえり、私たちの取り組みの原点を見つめ直し、さらなる歩みを踏み出していきたいと思います。

【私たちへの問いかけ】
ハンセン病問題は決して終ってはいません。ハンセン病回復者に悲しくつらい思いをさせてしまった宿泊拒否事件が起こりました。また隔離と植民地支配という二重の被害を受けてきた韓国ソロクト・台湾楽生院の人々の存在は、長い間私たちには見えないことでした。いまなおふるさとへ帰ることができない人がいます。ハンセン病だったという過去を語れずにいる人がいます。
これはいったい誰の罪なのでしょうか。一部の人が悪いのではありません。そこにあるのは以前と何も変らない、変ろうとしない国や私たちのあり様です。だからこそ、人間を踏みにじる思想や言動に目を凝らし、それらによって苦しみ、悲しむ人々の存在を思い感じとることが、いま、私たちに問いかけられているのではないでしょうか。

【ひとりと出会う】
私たちは、ハンセン病を患った人たちに対して、ややもすると「かわいそうな人」「救われるべき人」などと、具体的なその人を見ずに、外側からレッテルを貼って決めてしまうことがあります。人はそれぞれにちがい差異があります。差異をもったひとりの人とていねいに出会っていくことを、見失ってはいないでしょうか。
私たちは時に溝や壁を作ります。自己と他者、僧と俗、壮健者と回復者、入所者と退所者・・・。その溝を越える力は、具体的なひとりと出会うというところに与えられます。ひとりと出会うとは、その人をその人たらしめている如来の本願のはたらきをわが身に実感していくことに他なりません。それは同時に、壁をつくる私自身のあり方をそのまま照らし出してくれるはたらきです。そのはたらきに出会うとき、私たちの問題意識は課題へと深まり、ともに生きるという具体的な歩みが始まるのだと思います。

【ともに生きる】
ともに生きるとは、人間にあたる光をさえぎる存在を問いつくすことを意味します。さえぎる存在とは、国であり、教団であり、私自身であるかもしれません。国、教団、そして私を問う声を聞きながら、ハンセン病回復者という「ひとり」とともに生きることを確かなものにしていきたいのです。
 私たちは、これまでの歩みにおいて、隔離された人間、隔離した人間、その両者がともに解放されなくては本当の解放とはいえないということを学んできました。ハンセン病回復者と私たち、いま、ともなる歩みを「ひとり」から始めていくことを願って、第6回真宗大谷派ハンセン病問題全国交流集会を開催いたします。
1 開催期間 2006年3月7日(火)から9日(木)まで ※3日間全日程参加を原則とします。
2 会   場 真宗本廟・大谷大学・渉成園他
3 テーマ 「ひとりと出会う ともに生きる −ハンセン病問題からの問いかけ-」
4 主な内容 分科会・全体会[分科会報告・記念講演]・交流会・全体集会
5 日   程

3月7日(火) 14時30分 受付(会場:真宗本廟)
15時30分 開会式・オリエンテーション(会場:真宗本廟)
16時30分 終了
17時    (自由交流)

3月8日(水) 10時    分科会(会場:大谷大学)
12時30分 昼食(会場:大谷大学)
14時     全体会(会場:大谷大学)
   ・分科会報告
15時     ・記念講演
    講師:徳田靖之さん
ハンセン病国賠訴訟西日本弁護団代表
※全体会は一般公開いたします。無料。
16時     終了・移動
17時     交流会(会場:京都センチュリーホテル)
19時     終了

3月9日(木)  9時30分 全体集会(会場:渉成園)
10時30分 終了・解散
11時     御影堂御修復現場視察または真宗本廟諸殿拝観
   ※希望者のみ

お問合せ
解放運動推進本部(担当:かけひ筧)まで。
〒600-8505 京都市下京区烏丸通七条上る 真宗大谷派宗務所
℡075-371-9247・Fax075-371-9224 

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2006年3月 6日 (月)

がんばれオレ

今日は朝日町で若坊守研修会「華の会」でお話して、疲れ切ってしまいました。

明日は5時起きで京都へ向かい、
いよいよ京都にてハンセン病問題全国交流集会本番ですが、
明々後日は、今朝急死された、私より一つ年上の先輩のお葬式 にお参りします。 
交流会の三日目を欠席する事になりました。

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2006年3月 4日 (土)

ふきのとうが恋しい

 いまごろになると、本堂の裏にたくさんフキノトウが生えて、味噌と混ぜたり、天ぷらにしたり、味噌汁に入れたりして、春の苦味を楽しんだものです。
 それが、昨年、本堂の土台を補修したときにU字溝を入れるなどして整備したせいで、まったく生えなくなってしまいました。
 昔の境内は鬱蒼としてまして、竹の子、フキ、キノコなど、いろいろな味を楽しめたものです。それがフキノトウもなくなってしまって、残ったのはミョウガだけになってしまいました。
 綺麗になって、草刈からも解放されるわけですが、その分、環境破壊してるんだなと心が痛みます。それを食欲で気づくとは、これまた、なんともはや。

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2006年3月 2日 (木)

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こういう色の山が好き

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