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2006年2月28日 (火)

日常が、仮想化というか、仮装化した日

つい先日、研修会の打ち合わせで日帰りで京都へ行ってきました。

ちょっとうんざりする会議を終えて、帰りの電車で食べるサンドイッチでも買おうと、いつもの駅地下街のパン屋にてレジの前に立ったところ!!!!!!!!!!!

なんと! 店員さんが全員メイド服ではないですか!

いつのまにかここは萌え〜なお店になってしまったのですか!

ぼくはアキハバラなんて如何わしい町(?)には一度もいったことがありませんヨ! さすがに京都は都会ですね。こんなパン屋までオタク化ですかい!

もしかしてお金を払ったら「ありがとうございます。ご主人様。」と一斉に応えてくださるんでしょうか!

以上の妄想が「東京大学物語」の主人公のように、0.1秒間にボクの脳裏を駆け巡りました。

が、応答は至極、普通でした。

そういえば、このお店はブーム以前からメイド服が制服でしたネ。

3月は頻繁に京都に行きます。

あのパン屋、通うことにするかな

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2006年2月21日 (火)

エフゲニー・プルシェンコ

カーリング、残念でした。

どうなんでしょう。このメダリストってのは、昔は堅物でもよかったんですけれども、今はもう、日本選手にありがちの、ナショナリズムでガチガチではコチコチでダメダメなんでないでしょうか。

セクシー1http://www.youtube.com/?v=N8vXfS6YLHw

セクシー2http://www.youtube.com/?v=kE2T0ZBwPXc

まぁ、この貴公子ぐらいの突き抜けた(?)気質でなくては、世界一にはなれないようにも思います。

というかこれは、この人だけの特異な個性なんでしょうか???

ナマで見たいです。

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2006年2月20日 (月)

最終稿

懸案の原稿は、えいやっとメールで送ってしまいました。

http://d.hatena.ne.jp/ryuuusei1/ に最終稿を載せておきました。

お目汚しに。

靖国も出したのに、中度半端です。

字数制限と締め切りにお手上げしました。

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2006年2月19日 (日)

別院法要テーマ「差異(ちがい) つながり そして、いのち ー孤独の闇から響き合う世界へー」について 草稿

月曜日、締め切りなんで、ご意見いただけたら幸いです

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 今回のテーマ作成に関わって、とても印象に残ったことがありました。それは、議論をした委員の中から「いのち」という言葉を入れなければならないという、強い意見が出たことです。いのちの大切さが見失われていることを強く意識せざるを得ない時代になっているのは確かです。この原稿を書いている間にも、詳細は明らかになっていませんが、幼稚園のグループ送迎をしていた保護者が園児を殺める事件が起こっています。弱者が虐げられるニュースが連日のように報道されます。国内だけではありません。パレスチナ、イラク、リベリア、ペルー・・・ 一番弱い子どもたちが戦争の犠牲になっています。
 「昔はそんなことはなかった。何かが間違ってきている」と報道番組のコメンテーターのように、犯罪者を断罪したくもなります。世界中の悲劇に対して、耳と目を閉じ、口を噤んだ人間になってしまいたくもあります。しかし、考えてみますと、千五百年以上も昔に曇鸞大師が「五濁の世、無仏の時」とおっしゃっていました。社会も価値観も人間関係も、そして人間のいのちの価値が濁って見えなくなっているという、自覚の言葉です。北周の時代に廃仏毀釈を被られた道綽禅師は「末法」という、時代に対する慙愧を語られました。私は「末法」という言葉は知っていても、その言葉に真向かいになっていない、幻想のようなものをもっているのだと、思い知らされています。
 現在、教化推進部門での取り組みを通して、別院の歴史を学んでいます。廃仏毀釈が別院創立に深く関わっているという事実を知りました。
 明治政府は天皇中心の国家をつくるために、神道を国家統合の宗教にしようとしました。その流れの中で、富山藩による合寺令が遂行され、市内の多くの真宗寺院が取り壊されました。この宗教弾圧を逆縁として建てられた説教所が別院の始まりです。廃仏毀釈のあと、大谷派教団は国家権力にすりより、進んで戦争に協力していく道を選びますが、それでも、富山別院を創立された方々は、彼(女)らの末法の時代に、国から強制された信仰ではなく、仏の教えを聞く道場をつくりたいと願ったのだと思います。
 「いのち」とともに「差異(ちがい)」「つながり」という言葉がテーマに並立されることになりました。この二つは見えなくなっている「いのち」を明らかにしていく手がかりだと思います。先の御遠忌テーマは「バラバラで一緒 ―差異を認め合う世界の発見―」とありましたが、違いを認め合うからこそ、他者とのつながりを持ち、いのちを大切にするという世界が生まれるのだと思います。
「自己責任」という冷たい言葉がよく使われるようになりました。同時に、「国益」という尊大な言葉もよく使われます。違いのある一人一人のいのちの尊さを見放し、国家が何事にも優先するという考え方の浸透を危惧します。
私たちの生きる現代は、道綽禅師が生きられた時代より以上に、もしかしたら別院が創設された時代以上に、仏の教えを必要とする時なのかもしれません。こうしたことを、このテーマを通じて、深めていきたいと思っています。

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2006年2月12日 (日)

漢方薬

ぐずぐずはしていますが、鼻炎の方がよくなってきてホッとしています。

いつも行っているお医者さんは、すこし遠いのですが、立山町の黒田医院さんです。玉永寺のご門徒さんです。こちらはいつも風邪のときには葛根湯などの漢方薬一服を出してくださって、あとは錠剤一つだけというシンプルなところが気に入っています。

水橋は売薬さんの町でもあるので、漢方薬にはなんとなく親しみがあります。

黒田さんの薬が切れてしまって、前に魚津の薬局で買った漢方薬を飲み始めています。白衣の髭お爺さんが勧めてくださったのですが、「これを飲めば三日で治ります!」。失礼ながら、いかにも胡散臭い雰囲気が気に入って買ってしまいました。

なんとなく、すごく、効いてるような気がします?

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2006年2月 7日 (火)

オリンピックの思い出

一週間ほどまえに風邪をひきました。けっこうきつかったのですが、すこし楽になってきました。

風邪をひいた布団のなかで、昔のことを思い出しました。

以前は冬になると必ず風邪をひいて学校を休んでいました。そのおかげで、熱にうなされながら1972年札幌オリンピック、70㌔級ジャンプで笠谷選手らが金銀銅を独占したTV中継を見ることができました。ただ、記憶がおぼろげでして、もしかしたら再放送をみていたのかもしれません。

あのころは学校でオリンピック映画を上映したり、高度成長期に沿ってスポーツでも日本の力を示そうという時代でした。自分の中のナショナリズムは、そういうふうに育てられてきたんだと振り返ります。

でも時々、外国の選手がどのような苦労や背景をもって参加しているのかを報道してくれることがあります。敵にみえていた人の「顔」がやっとみえてくるというか。自分が偏狭さに取り込まれていることを気づかせてくれます。ありがたいことだと、毎回おもいます。

スポーツの祭典、楽しみです。

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2006年2月 6日 (月)

これからブログ方針

定期的にここを見てくださってる方も、いらっしゃると思うのですが、ここは玉永寺の活動や出来事、不特定の方々に伝えたいことを中心として書いていくことにしました。

わたしのプライベートな日記はmixiのほうに書き始めました。mixiも流星の名前でやってますので、関心のある方は検索して声をかけてくださいね。

ということで、今後とも、よろしくお願い申し上げます。

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