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2006年1月28日 (土)

ホリエモトシャチョウ

企業での犯罪で社長が辞めるというケースは少なくないけれども。


今後は裁判とかするんでしょうが、なんとなく、彼の行く末が気になるのは、TVによく出ていたからですかね。
彼の考え方には共感する部分と、大嫌いな部分とあるのですが、画面を通してだけれど「身近」に感じてしまっているんですね。


もう少し、いろいろな視点がありそうなものですが、そうした報道は、探さないと見つからない。なかなか伝わってきません。 マスコミ批判という視点も提起しているブラックジャックによろしく 13 (13)を読んだばかりなので、なおさらそうしたことを考えてしまいます。

一方的なバッシングを眺めつつ、マスコミ=「世間」なのだと、再認識しています。

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2006年1月18日 (水)

組推進員研修会

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久しぶりにお話をしに行きました。いつものごとく、直前までもうお話にいくのをやめようと思うくらい、とても憂鬱でしたが、なんとか無事終了し、新年会となりました。

かなりの盛況でした。お酒が入ると、ある程度、本音が聞けていいもんです。毎回、懇親会あるといいのにな

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民衆にかえる2

越後で「民衆にかえる」というなら、それまでは民衆でなかったのかとも考える 比叡に上って降りて吉水に行って流罪に遭う そのどこでもなく越後で民衆にかえったということ

じゃあ その前はなんだったのかといえば 求道者とか修行者であったということかな その意味では法語3に第二十願文が引かれているのが興味深い ちなみに第十九願文は比叡山での修学において引かれ 第十八願加減の文は法然上人との出会いの場面で引かれている いわゆる三願転入は19→20→18なのだが、このテキストでは19→18→20となっている

だから法然に合い本願の教えを学んでも 流罪にあっても 自分の生き方は第二十願的でしかなかった 賢善精進でしかなかったと 越後において気づかされる事があったのだという主張が このテキストにはあるのだと思う

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「和田先生追悼の集い」、そして「源慈紹さんを偲ぶ会」

下記のような連絡が入りました。


 謹啓 すでにご承知の通り、去る二〇〇六年一月一日深夜、和田 稠 先生(浄泉寺前々住職)が亡くなられました。
 先般、一月三、四日に、御通夜・御葬儀等を執り行いましたが、諸般の事情により、教区内外に向けての御通夜御葬儀等の御案内を、葬儀事務局からは一切致しませんでした。
 お知らせが大変遅くなり失礼致しましたことを深くお詫び申し上げます。

 つきましては、左記の通り、先生を偲んで「追悼の集い」を催したいと思いますので、通夜・葬儀にお越しになれなかった方々には、是非ともご参列賜りたく御案内申し上げます。
 また、勝手ながら近隣有縁の方々にもご連絡下さいますよう御願い申し上げます。
                              合掌

      記
「追悼の集い」 勤行・追悼感話・ビデオ上映
 日 時  一月十八日 (水) 午後一時三十分より
 会 場  真宗大谷派 大聖寺教務所 本堂にて


偶然ですが、同じく18日午後5時より富山東別院研修ホールにて「源慈紹さんを偲ぶ会」が執り行われます。呼びかけ人には藤野豊先生も入っていらっしゃいます。私はこちらに参加する予定です。

両会の連絡先などお聞きになりたい方は、わたしにメールをください。 

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2006年1月17日 (火)

民衆にかえる

18日は午後から組推進員研修会でお話しすることが決まっていたので、和田先生追悼の集いには参加できないことにはなっていたのですが、18日夜にお通夜におまいりすることになってしまったので、源さんを偲ぶ会も欠席することになってしまいました。(´・ω・`)ショボーン

明日の研修会はテキスト「宗祖親鸞聖人」第七章「民衆にかえる」についてお話します。
越後流罪についてなのですが、このテキスト、法語の選び方が独特で、まず唯信鈔文意の「りょうしあきびと、さまざまのものは、みな、いしかわらつぶてのごとくなるわれらなり」が引かれています。
いろいろ考えたのですが「われら」というのは聖人が自分の立場というか、立脚地を「いなかのひとびと」に置いたということだと思います。立場や身分を越えてあらゆる人々に伝わるものを普遍宗教といいますが、それが、ああいい話だと、すっと通り過ぎてしまう、奇麗事におわってしまうということがあります。エロ坊主さんのBBSで書いていた話題だな。自分がどこに立って教えを受け止めているのかをはっきりさせるということが、大切だと思うのです。それが「民衆」なのだと、このテキストは押えているかな。そしてうまいこと、二つ目の法語は歎異抄「ひとえに親鸞一人がためなりけり」になってるわけだ。
ただ、そうなると特殊な、一部にしか当てはまらないということがあるのかしら。民族宗教や国家の宗教とはどう違うんだろとか、ほつほつ考えつつ、明日に臨みます。

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2006年1月16日 (月)

水漏れ

玉永寺、雨漏りはありませんが、雨どいがはずれて壁から水が吹き込む事故がありました
それでも何箇所か瓦が痛んでいるようです
昨年は台風被害がありましたが 今年、こんなことになるとは、想定外です
想定内の営繕費で済んでくれればいいのですが

雪かきしてましたら、水道管水漏れを発見
すぐに配管の方をお願いしたのですが、修理箇所が雪に埋まっているもので急いで除雪

修理は無事おわりましたが、もう腕が痛いです 疲労困憊

明日からまた マークですね     屋根雪、まだ残ってるし。。

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2006年1月15日 (日)

ダイエット

思うところあり、また「流星の重さ」復活しました。
このごろダイエットの弊害を説くTV番組をみる機会があって、安易な食事制限から病気になってしまう問題とかを知りました。バランスよく栄養を採るというのは、とても難しいことなんですね。恥ずかしながら、こういうこと、ぜんぜん知りませんでした。
今も、「あるある大辞典」をみてて、空腹感の問題点など、勉強になりました。脂質の入った食事をすると、確かに腹持ちがするけど、それってカロリーが高いからなんだなと考えていました。飢餓感を押さえるためにも適度な脂質があったほうがいいんですね。3時のオヤツの合理性とか、海草もいいとか、なるほどと、さっそくつれあいに報告しましたが「そんなの当たり前」と、冷たくあしらわれたことでした。

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2006年1月14日 (土)

グラフを消しました

いろいろ思うところあり、「流星の重さ」を非公開にすることにしました。

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2006年1月12日 (木)

白夜行

しんど今回、「女王の教室」進藤さん(福田麻由子さん)の演技がもう、凄すぎましたよ、もう。

武田鉄也の歎異抄台詞はアドリブ?

原作も面白そうですな 白夜行

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2006年1月11日 (水)

進学相談

昨夜、学校に提出する進学希望について、息子から相談を受けた。

彼が偏差値で、行ける大学を言うもので、どういう仕事がしたいのかによってどこへ進学したいのかを決めるのが本当じゃないのかと、苦言を呈してさしあげた。

その実、父は、彼の年頃、先のことなんてさっぱり考えていなかったのだから、かなり心が痛む。言ってることと、やってきたことが違うわけだ。

別に偏差値で大学を決めてもいいのだが、やはり父としては、先のように言わなくてはならない。しかし、いずれ「オレもお前と同じだった」と言えるチャンスをうかがおうと、とぼけた父が、ここにいる。

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2006年1月 9日 (月)

今朝の日の出

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今日は晴れそう

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2006年1月 8日 (日)

おさむうございます

修正会が終わり 正月気分を少々味わって後 この雪の季節には玉永寺イベントはほとんどありません よってこのブログも しばらく動きはありません

年末年始に緩んだものの 毎日 雪かきしていることもあって 体重は微減の傾向
きのう計ったら体脂肪も24→22と改善しつつあります

お待ち受け参拝団ですが、これまで15人ほどの申し込みがありました
通信には25人までとありますが 多くなれば大型バスにします
とりあえず 早めの申し込みをお願い申し上げます

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2006年1月 4日 (水)

和田爺の変な思い出

葬儀には住職が行ってきました。

本山での研修会の帰り、満席の電車で立っているのを見かけたことがありました。ある方が子どもに席を譲ろうとしたら、その席にサッと滑り込んで、知らん顔してた様子がなぜか印象に残っています。

なんだかそのへんの爺さんなんだけど、あの年代の人が靖国批判を語るのに、素直に驚いていました。合掌

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2006年1月 2日 (月)

訃報

和田稠先生が、1月1日夜11時半ごろ、浄土におかえりにならました。

お通夜は、1月3日午後7時、お葬式は1月4日午前10時。

式場は大聖寺教務所。

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