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2004年8月27日 (金)

明日の同朋会資料

第二十二首

弥陀の智願海水に   他力の信水いりぬれば
真実報土のならいにて 煩悩菩提一味なり

○弥陀の智願海水
海の水のように深く広い智慧の本願

「弥陀の本願を智慧といふなり。この本願を大海にたとへるなり」(左訓)

「弥陀の智願海は、深広にして涯底無し。名を聞きて往生せむと欲すれば、皆悉く彼の国に到る」(曇鸞 往生礼讃)

○他力の信水
阿弥陀よりたまわりたる信心が水となり、本願の海に入る

○真実報土
真実の誓願から報いあらわれた浄土

○煩悩菩提一味
「煩悩と功徳と一つになるなり」(左訓)

第二十三首

如来二種の回向を  ふかく信ずるひとはみな
等正覚にいたるゆえ 憶念の心はたえぬなり

○二種の回向
往相回向と還相回向のこと

往相回向
衆生が浄土へ生まれようとするすがたが、阿弥陀如来から回向される(ふりむけられる)ということ

還相廻向
浄土に往生しようとする者が、菩薩のすがたとなって衆生を救うはたらきを、阿弥陀如来から回向されること 

○等正覚
「正定聚の位なり」(左訓)
ほとんど正覚(仏)に等しい位で、仏に成る直前の菩薩

○憶念
「憶念は、信心をえたるひとは、うたがいなきゆえに、本願をつねにおもいいずるこころのたえぬをいうなり」(唯信鈔文意)

第二十四首

弥陀智願の回向の  信楽まことにうるひとは
摂取不捨の利益ゆえ 等正覚にいたるなり

○弥陀智願の回向
阿弥陀仏の智慧の本願からふりむけられた

○信楽
信心のこと 「楽」には「ねがう」という読み方があった

○摂取不捨
おさめとってすてない

弥陀の本願しんずべし 本願信ずるひとはみな
摂取不捨の利益ゆえ  無上覚をばさとるなり

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2004年8月25日 (水)

メダルが途切れた日

気がつけば 8月ももう終わりだなー
暑さ対策のために開けてたデスクトップのケースに ふた しました

さて このごろ オリンピックとは別にマイブームなのがこの分野です


GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊


むかしむかしの作品なのですが いつのまにやらこの夏に続編も公開されていて とってもコアなファンがいるんだなーって いまごろ思い知らされてます
TV版も見始めておりまして 原作コミックもアマゾンに注文したし
そのうち ここで いろいろ書き始めるかな とも 思っております

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2004年8月23日 (月)

オリンピック

せいぜい1時ごろで寝るようにしてるのですが
今朝?はとうとう女子マラソン 最後まで見てしまいました
今夜は女子レスリング あるようですね。。。

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2004年8月20日 (金)

反省会

富山教区児童研修大会が先日 二泊三日で行われまして
玉永寺こども会からは6人参加してきました
豆腐作りとかパットゴルフ、流しそうめんなど
夏をみんなで満喫してきました

で 昨日は反省会のあと 駅前のタイ料理のお店で慰労会かな
はじめてトムヤンクンを食べました 香草 なるほどなぁという香りと味でした

そこでTさんと話していて 完全な「信」を手に入れなくてはダメというコンプレックスに 別の角度から光を当てるテーマとして「菩薩」があるんだなと

まだ不完全で未熟な者が 道を歩もうとしている姿を 親鸞さんがミロクと等しいと表現している
このあたりを「凡夫」ということに縮じこまっている人に語りかければどうだろうと 思いつきました

らくりんさんの暁天講座のお話の流れもそうだったなと 反芻中

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2004年8月19日 (木)

「求める法」の呪縛

毎月18日は組の同朋会にて いよいよ「本師源空明仏教」に入りました
浄土宗のHPから拝借した法然上人の年譜を参考にして
熊谷直実、平重衡の上人との出会いを中心にお話しました

いろいろな座談があったのですが
熊谷直実のことを補足するのに「信の座、行の座」のお話をしたら
「信がなくはいたずらごと」と言いますから 信心がないとダメなんですよね
という発言が やはり でてきました
そこで選択集が菩提心不要ということを主張しているという話題もでてきて
このあたりで混乱してくるわけです

蓮如、あるいは親鸞は信を重要視し、法然は行を重要視したという先入観みたいなものがある それは親鸞を開祖として法然より進んだ人物としてみたいということもあるだろうし 私たち北陸門徒が信心為本を御文から読み聞いてきたという歴史もあったりして

念仏申せば救われるということを信じる これをワンセットで読めばいいのに
「信」を自力で手に入れる モノとして考えたくなる
そこを どう読み解いていくのかが 私がずっと抱えている課題です

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2004年8月17日 (火)

私が意識する以前から成立している救い

http://homepage1.nifty.com/maromaro/jihou/0408.pdf

私が意識するより遙か以前から、私を救おうとするは
たらきは準備されているのです。


法蔵菩薩はあらゆる人びとを救いたいという願いを持つ
その願いを実現するためには人の資質や努力などによって救いが左右されてはいけない
そうした「救い」を実現するための ひとつの手立てが「あらゆる衆生の救いを誓った法蔵菩薩は すでに阿弥陀仏となって成仏している」というお話なのだと思います
その人の意識の外でもう救いが成立しているということは その人はその救いの成立にはまったく関わっていない
大無量寿経は「他力」ということを こういうお話で表現している
こういう教えが 評価や競争にこだわり、悩む人びとを 照らし続けてきてくれている

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2004年8月16日 (月)

暁天講座をふりかえる

二日間の第33回暁天講座が終わりました
お盆の慌しさのなかでの早朝の行事はこたえます
昼寝をして どうやらペースをもどしつつあります

15日はいよいよ らくりんさんに来ていただきました
「求める法と照らされる教え」 はじめてらくりんさんのお話を聞いた両親が 非常にふかく内容を受け止めていたのがうれしかった
ところが 録音を失敗してしまいました 痛恨のミス。。
来年も来ていただきたかったのですが もう予定が入っているそうで さらにがっくりしています

16日は松任の春秋さん「三つの髻」
http://www.venus.dti.ne.jp/~bouzu893/seiten/kudenshou/
帰敬式の法話でよくいわれる「名聞・利養・勝他」の3つを剃り落とすいうテーマを扱われました
「どうぜ謙虚さみたいなことを言うんだろう」なんて 失礼なこと思っていましたが さすがは春秋さんでした名聞=評価 利養=経済 勝他=競争と読み解いて 現代人が軸にしている事柄の問題点を浮き彫りにして それの対抗軸としての念仏を展開されました もちろん日常の出来事を喩えにして

ことしは参詣者の数が減ってしまいました お手次ぎのご門徒さんや同朋会、推進員の方は来てくださいますが 近所の方が減ってしまった
新聞折込とか工夫はしているのですが 昔のように一軒ずつチラシを配ってお誘いすることを もう一度やらなくてはならないかなと 考えています

自分が聞きたい話を ほかの方にも聞いていただきたい
そういう思いを新たにしていきたい

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よろしくお願いします

実は私 趣味のゲーム関連の掲示板も平行して運営して
おりまして このところはそちらのほうに力が入っております
そこで半月前ほどからBlogを試してきて これは使えるナということで「こころおきらく」のほうも移動してみることにしました

BBSに慣れている方には とっつきにくいと思います
まぁ 「なんでBlogなのか」ですが 実際どういうことができるのか 眺めていていただけると そのうち分かっていただけるかなというところで よろしくお願い申し上げます

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